ライク・ア・フレイムアロー・ストレイト
夜の闇を吸い込んだような真っ黒なアスファルトを、並んだ街灯が青白く照らす。
その光の下を駆け抜ける鉄の弾丸があった。
ド派手な真紅のカラーリング、ビッグスクーターを一回り大きくしたようなフォルム。
カウル部分やホイールカバーまで節操なくベタベタと張られたステッカー。
一目見れば誰でも記憶に残るであろう、過剰なまでに自己主張の激しいバイクであった。
やがて道脇にガソリンスタンドの光が見えると、バイクはスピードを落として車体をそちらへ寄せた。
『らっしゃーせー!』
給油装置の前にバイクを止めると電子音声。
どうやらセルフサービスのようだ。
『バトルロワイアル参加者の方ですね。ガソリン代は無料です!』
バイクに乗っていた人物は、それを聞いて訝しげな表情を浮かべた。
「参加者、だぁ?」
聞き返すが、給油装置はそれに応えない。
ノズルを外して給油口に差込み、給油してください――と業務的に説明するだけだ。
「ちっ」
バイクの乗り手である東洋人の少年は舌打ちした。
年は十代半ば頃、タンクトップにジーンズといういでたち、そして赤い布をマントのように羽織っている。
やがて彼は機械を相手にしても仕方ないと考えたのか、何も言わずにガソリンをバイクに入れ始めた。
彼の名は、島鉄雄という。
東京湾を埋め立てた2019年のネオ東京で生きていた少年である。
◇◇
「――乗りたいか、鉄雄?」
◇◇
やがて給油が終わり、タンクのキャップを閉める。
ありがとうございました――という機械音声を聞き流しながら、鉄雄は思考を巡らせていた。
(俺は……死んだはずだ)
記憶の中にある最後の光景を思い浮かべた。
力が暴走して膨れ上がった自分の肉体ごと、とてつもない光が全てを飲み込んでいった。
あの場にいた者は誰も生きていられるとは思えなかったが、現に自分はこうして生きている。
レーザーでやられた筈の右腕も何故か元に戻っていた。
(いや……バーチャルとか言ってたが、じゃあこれは現実じゃないのか?)
バイクの風防をそっと右手で撫でた。
冷たく乾いた感触が指先に伝わる。
ハンドルを握る。
硬質ゴムが手のひらにぎゅっと食い込む。
シートにその身を沈める。
巨大な鋼鉄の頑丈な質感。
……これが現実でないとは考えられなかった。
「なんだよ、こりゃあ……わけわかんねェよ!」
思わず苛立ちが口をついて出た。
しかしここには鉄雄ひとりしかおらず、もちろん答えるものなど皆無だ。
ひゅう、と嘲るかのように一陣の風が吹く。
その時だった。
「失礼ですが――」
「!!」
振り返ればスタンドの入り口に一人の男が立っていた。
大きな男だ。やや遠目から見てもそれが分かる。
のっぺりとした真四角の大理石のような男だった。
真白のローブを纏う身体は、縦にも横にも太い。
顔の輪郭、パーツすら角張っており、かなり非生物的な印象を与えている。
「私は法王庁の異端審問官、モズグスと申します」
「……」
モズグスと名乗った男は、その扁平で角張った顔面を動かすことなく、唇だけでそう名乗った。
鉄雄は答えず、鋭い視線だけを返す。
「私はやらない夫と名乗る者に殺しあえと告げられました。貴方も同様ですか?」
「だったら、どうだってんだ」
「さようですか、わかりました」
男はその角張った目を細め、口の端を僅かに上げた。
笑ったのだろうか。鉄雄には判断がつかなかった。
「では、殺しあおうではありませんか!」
◇◇
「――乗りたいか、鉄雄?」
「俺用に改良したバイクだ。ピーキー過ぎて、お前にゃ無理だよ」
◇◇
鉄雄の視界がオレンジ色の光に埋め尽くされた。
「うわああッ!?」
一瞬遅れて、熱風が鉄雄の顔を撫でる。
反射的に両腕を前にかざしていた。
すると、たちまち熱と光の奔流は左右に割れて逃げていく。
これが鉄雄の力だ。
橋げたを根っこから引っぺがし、戦車の砲弾も真っ向から受け止め砕く。
レーザーキャノンすらも捻じ曲げる問答無用、強力無比の念動力。サイコキネシスである。
「なんと!?」
「ハァ……ハァ……ッ!」
驚愕の声はモズグスから。
見ればガソリンスタンドのコンクリートの床一面に真っ黒な焦げ跡ができていた。
鉄雄とバイクの周囲だけが元のまま灰色を保っている。
「て、てめェ……!」
「この浄化の炎を防ぐとは、貴方も神の力を与えられた使徒なのですね、私と同じに!」
先程の無感情な声とは裏腹に、興奮気味にまくし立てるモズグスの声。
見上げてみれば、それはすでに人ではなく異形のモノへと変貌していた。
真っ白な翼が背から伸びており、モズグスの四角い巨体を空中へと浮き上がらせている。
ローブから除く手足は爬虫類の如き禍々しい鱗に覆われていた。
「ばけもんかよ……!」
「否! これは神より与えられし信仰の証! 使命を果たせという詔! 即ち! 殺しあえと!」
「な、何言ってやがる!?」
鉄雄の精神は混乱の真っ只中にあった。
対してモズグスは決断的な口調で、一切の迷い無く滔々と語る。
「私は力を授かりながらも、邪教の徒によって一度滅びました。そんな私を、神は慈悲深くも蘇らせてくれたのです!」
(い、一度死んで……蘇っただと……)
こいつも自分と同じ、一度死んだ身だというのか。
モズグスの言葉はさらに続く。
「この人智も及ばぬ街並み! 死者を蘇らせる御業! まごうこと無き神の業です! ならば――」
のっぺりとした岩に皹が入るようだった。
太い血管が幾筋も浮かび上がり、四角の顔面がぐにゃりと歪むのを鉄雄は見た。
「――神が殺しあえと仰るのなら、我々は粛々と、ただひたむきに、その命を果たすのみ! さぁ貴方も!」
狂っている。
鉄雄は確信した。
奴はあのイカレた白長を神と決め付け、盲目的に信じているのだ。
もはや自分の命など勘定に入っていない。
殺しあえと言われて、ハイ分かりましたと疑問を一切抱かず答える狂人、いや化物だ。
化物は皹だらけの四角い顔を醜く歪ませ、大粒の涙まで流していた。
「どちらが死すとも魂は天へと登るでしょう! 神より授かりし、その力で! 全力で私と殺しあって頂きたぁぁい!!」
「う、うわあああああああああああああ!?」
モズグスの口から強烈な熱風が噴きつけられた。
先程の攻撃はこれだったのだ。
鉄雄は咄嗟に手をかざし、またも念動力で攻撃を防いだ。
紅蓮の炎が空間を焼き、コンクリートの床を嘗め尽くすが、鉄雄とバイクの周囲だけは無事だ。
「ふむ、これでは埒が開きませんね。ならばこれです!」
モズグスは何かを自分の荷物から取り出し、右手に嵌めこんだ。
鱗を纏った無骨な拳を覆いつくす、さらに無骨な金属製の手甲だ。
先端に三本の杭が取り付けられている。
「剛力招来! 天罰覿面!」
モズグスが高々と掲げた右拳の杭が、たちまち青白く火花を散らした。
「神より授かりし神器! プラズマステーク! セット!」
左半身を前に出し、右拳を溜める。
翼を羽ばたかせ、鉄雄の頭上に滞空していたモズグスは、その体勢のまま急降下突撃。
鉄雄に向けて、プラズマを帯びた鋼鉄の杭が振り下ろされた。
「神の拳弾!! ゴォォォォォッッド!! ジェットォォォ!! マグナァァァァァァァァム!!!!」
「う、うおおおおおおおおおおおッッ!!」
鉄雄の絶叫すらかき消して、青き雷槌が轟音と共に炸裂した。
◇◇
「――俺ァまた心配しちまったぜェ」
「またベソかいて泣いてンじゃねェかと思ってよォ」
◇◇
ガソリンスタンドは火の海に包まれていた。
モズグスの放った炎が引火したのだ。
その中に鉄雄がいた。
モズグスの一撃を防ぎきれなかったのだ。
壁際まで叩きつけられ、横倒しになったバイクの下に潜るように倒れこんでいる。
「う……ぐ……」
気を失っていたのは何秒か。
苦痛に顔をゆがめながら二、三度頭を振って、無理やり意識を引き起こす。
「か、ね……」
僅かな気絶のあいだに声が聞こえた気がした。
もちろん幻聴だ。記憶の中から強く印象に残っているイメージが掘り起こされたに過ぎない。
だが鉄雄が目を覚ましてから最初に飛び込んだ光景が、そんな安易な結論を吹き飛ばした。
そのバイクはまるで鉄雄を炎から守るようにして倒れていたからだ。
ピカピカのフロントカウルが大きくへこみ、塗装が剥げた部分は無数にある。
『――俺ァまた心配しちまったぜェ』
幻聴がリフレインする。
まるでこのバイクが、本当の持ち主に代わってそう言っているように思えた。
勿論、単なる偶然に過ぎないとも言える。
しかし鉄雄がそう考えることはすでに不可能だった。
『またベソかいて泣いてンじゃねェかと思ってよォ』
「……ね、だァ……!」
ドロドロした感情を煮詰めたような低い呻きが漏れた。
屈辱感が鉄雄の全身を駆け巡っている。
「目障りなンだよ……!」
ガキの頃から、いつもいつも。
どこにでも出てきて指図しやがる。
いつも子供扱い……どこにでも出てきてボス面しやがる!
「金田アアアアアアアア!!」
鉄雄は怒りを込めてその名を叫んだ。
幼馴染の名を叫んだ。
いつでも先を走り続ける憧れの存在の名を叫んだ。
舐められたくないと対抗心を燃やした少年の名を叫んだ。
命を張った喧嘩を挑んできた男の名を叫んだ。
紅いバイクの本当の持ち主の名を、金田正太郎の名を叫んだ。
◇◇
「――割れろォ!!」
鉄雄の気合一閃、たちまち風が轟と渦巻き、炎の海に道を作る。
紅い炎の光に照り返されて一層紅く染まるマントが風になびく。
「やってやろうじゃねェか……」
自分はビビッていた。
かつて一度死んだのは己の力を制御しきれなかったからだ。
だからまた力を使いすぎることで暴走状態を引き起こす事態を恐れた。
だが、やっぱりそんなのはやめだ。
殺し合いなのだから、負けてしまえば死ぬ。
ならば暴走を気にかけたところ仕方ない。
「見てやがれ。俺一人でカタつけてやるぜ……!」
この世界に飛び込み最初にこのバイクを確認してから、すでに練習は済ませてあった。
その手順を思い出しながら、丁寧にピーキーなエンジンの回転を操作する。
鉄の心臓が唸りを上げ、電子制御のABSが起動してホイールカバーに火花が散った。
「いけェェ――――!!」
アクセルを開けた瞬間に爆発的な加速。
燃え盛る炎の渦を切り裂いてまっすぐに、真紅のキャノンボールが飛び出した。
それでも微かにまとわりつく火の粉が、クラッチを切り替えた瞬間の更なる加速で完全に飛び散っていく。
燃えるガソリンスタンドから広い四車線道路へ。
スピードを落とさずさらに加速、他の車両が見当たらないフリーな直線をそのまま駆け抜ける。
「仕留め損ねていましたか。ならば今度こそ!」
上空から翼の音と共にモズグスの追撃。
先程ののプラズマを帯びた鉄杭を構えて、走行する鉄雄に向かって斜め後方から突っ込んでくる。
「……ッ!」
鉄雄はハンドルを切ってそれをかわした。
目を見開き、歯を食いしばって、加速を保ちながらマシンの姿勢制御に集中する。
鉄雄と同じ暴走族チームの誰が言っていた。
こんな命知らずのマシンを乗りこなせるのは金田くらいだと。鉄雄もそれには同意だ。
少なくとも純粋なテクニックだけでは鉄雄がこのバイクを乗りこなすことはできないだろう。
「けど、なァッ!!」
モズグスの再追撃を今度は逆にハンドルを切ってかわす。
そしてスピードは落とさず、さらに加速を続ける。
それを可能にするのは鉄雄の超能力だ。
サイコキネシスをバイクの姿勢制御に使い、テクニックの不足を補っている。
これをマシンの加速に乗せて叩き込むつもりなのだ。
――50メートル
モズグスは動かない。
大地を踏みしめ正面から迎え撃とうということか。
右拳を引き絞り、矢の様に放つ一瞬を狙っている。
――20メートル
モズグスが動いた。
桁外れの膂力を乗せたプラズマステークが鉄雄の眼前に突き出される!
――ゼロ!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
不可視の壁とブラズマの剛拳が激突。
空気が弾け、青白い火花が歪む。
激突点の真下にあたるアスファルトに、たちまち蜘蛛の巣の如きヒビが広がった。
強大な二つの力が激突した瞬間の、ほんの僅かな拮抗だった。
双方の力の激突は、まばたきすら許さない次の一瞬の後、どちらかに、あるいは両方に流れ込み全てを吹き飛ばす。
鉄雄か?
モズグスか?
結果は、後者だった。
鉄雄の超能力によって、激突した三本の鋼鉄杭が吹き飛んだ。
マシンの加速が生んだ力がプラスされ、丸太のような豪腕が消し飛ばされた。
凶暴極まる真紅のキャノンボールが、モズグスの五体を跡形も残さずこの世から吹き飛ばした。
『ソレ』はそこに留まることなく走り去り、後には一陣の風とエキゾーストノートの残響音だけが残った。
【モズグス@ベルセルク 死亡】
【1日目・深夜/D-1 北区 幹線道路を移動中】
【島鉄雄@AKIRA】
【状態】怒り・苛立ち
【装備】金田のバイク@AKIRA(ガソリンほぼ満タン)
【道具】支給品一式
【思考】
基本:殺し合いを生き残る。敵だと判断すれば即座に打倒する。
1:舐めた奴はブチ殺す(主宰者含む)
2:バイクをなるべく傷つけたくない
【備考】
※本編死亡後からの参戦です。
※バイクのフロント部分にへこみと無数の細かい傷があります。
※どこに向かうかは次の方にお任せします。
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投下順 |
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時系列順 |
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START |
モズクズ |
死亡 |