叢雲

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叢雲」(2015/07/28 (火) 00:10:13) の最新版変更点

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#image(No015.jpg) &table_color(table3,#333){} |~2015年バレンタイン叢雲| |&image(2015年バレンタイン叢雲.jpg)| #contents() &autolink(id=wikibody) ---- *CV 上坂すみれ ---- *絵師 ---- *史実情報 特型駆逐艦の5番艦「[[叢雲]]」、本艦だけは他の特Ⅰ型駆逐艦の艦娘と何故か服装が異なる。理由は艦名の由来が違うため。 特型駆逐艦の艦名は、1~4番艦は「雪」にちなんだ名前、5~8番艦は「雲」、9~14番艦は「波」にちなんだ名前がついている。 …が、該当する特Ⅰ型5~8番艦では「[[叢雲]]」しか艦これに登場していないために、服装の違いが目立っていると考えられる。 いずれアップデートで新しい特Ⅰ型5~8番艦が登場したら、彼女と同じ服装になると考えて間違いは無いだろう。 #ref(Murakumo.jpg) 藤永田造船所で建造。1928年8月1日「第39号駆逐艦」を「[[叢雲]]」と改名。一等駆逐艦に類別された。 竣工後、第2艦隊第2水雷戦隊第12駆逐隊に編入。 日中戦争に際しては1940年以降、華中での沿岸作戦、北部仏印進駐作戦などに参加。 太平洋戦争では南方侵攻作戦、ミッドウェー海戦、ソロモン諸島の戦いなどに参加した。 1942年10月12日、サボ島沖海戦では先行する水上機母艦の護衛に回っていたが、死地を逃れた輸送船の連絡をきき、大破した「[[青葉]]」と「[[古鷹]]」の救援へ同型艦「白雲」と急行。 しかし「[[叢雲]]」たちが到着した頃には、既に「[[古鷹]]」、「[[吹雪]]」は沈没したあとだった。 それでも漂流する生存者を探そうとギリギリまで粘った結果、夜が明けて発進した米軍機の爆撃を受け大破。航行不能となった「[[叢雲]]」は駆逐艦「夏雲」に救援を要請する。 しかしその「夏雲」も救援に向かう最中に米軍の襲撃を受け沈没、その後「[[叢雲]]」に収容された人員は、サボ島沖海戦を奇跡的に生き延びた「[[初雪]]」に移乗。 最終的に「[[叢雲]]」には東艦長と本多水雷長((戦後、南極観測船「ふじ」の船長を勤めた方))の2人が残っていたが、2人も再び救助にやってきた「[[初雪]]」に座乗していた駆逐隊司令の必死の説得でやっと退艦した。 この頃から艦内でくすぶっていた火災が燃料に引火し、「[[叢雲]]」は炎上。 米軍の目標になる危険を鑑み、無人の「[[叢雲]]」は「[[初雪]]」によって雷撃処分にされ沈没。皮肉にも、自身の同型艦によって海底に身を安置されることになった。 ちなみに、危険を犯してまで生存者の捜索にあたったにも関わらず、暗夜の中では一人も発見することはできなかった。 「[[古鷹]]」、「[[吹雪]]」の生存者の多くは、サボ島沖海戦に参加していた「[[初雪]]」に救助されている。 また一部の漂流者は米軍の潜水艦に救助され、送られたニュージーランドの捕虜収容所で「[[フェザーストン事件>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6]]」に遭遇した(詳細はリンク先)。 1942年11月15日除籍。 なお、「[[叢雲]]」の艦名を持つ艦としては二代目であり、先代は1899年就役の東雲型駆逐艦。 三代目以降はややこしく、1968年に就役した海上自衛隊のDD-118「むらくも」の他、海上保安庁に三隻の同名巡視艇がいたりする。 |>|>|艦歴| |発注|>|大正12年度艦艇補充計画| |起工|1927年4月25日|藤永田造船所にて建造| |進水|1928年9月27日|第三十九号駆逐艦| |命名|1928年8月1日|特型駆逐艦5番艦 吹雪型「叢雲」と命名| |就役| 1929年5月10日|第2艦隊第2水雷戦隊第12駆逐隊に所属| ||1940年|中国方面で沿岸警備に従事| ||1940年9月23日|北部仏印進駐に同行| ||1941年12月8日|マレー作戦に参加| ||1942年6月1日|ミッドウェー沖海戦に参加| ||1942年7月下旬|ソロモン諸島の戦いに参加| |沈没|1942年10月12日|「古鷹」の救助後、帰途に米軍の爆撃を受け大破、「初雪」により雷撃処分| |除籍|1942年11月15日|| ---- *台詞一覧 &table_color(table1,#333){} |~状況 |~台詞|~関連する史実や元ネタ、解説など| |自己紹介|あんたが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい|| |秘書クリック会話①|何をしているの?|| |秘書クリック会話②|落ち着きが無いのねぇ、大丈夫?|| |秘書クリック会話③|あんた…酸素魚雷を喰らわせるわよ!|と、言っているのだが、実は吹雪型には酸素魚雷が搭載されていない&br()ゲーム中でも砲に関しては改で長10cmを持ってくるが、魚雷は61cm三連装のみである。| |戦績表示時|高速暗号通信よ。内容を読みなさい。|恐らく帝国海軍の「暗号機B型」、通称「パープル暗号」のこと。開戦前に既にアメリカに解読されていた| |編成選択時|出撃するわ!|| |装備時①|これでもっと戦えるわ……な、何!感謝なんてしていないし!|| |装備時②|悪くないわ……私の魅力が増すのね|| |装備時③|悪くないわ|| |>|>|(マップ選択・資材発見・修復剤使用・装備開発と装備時③は共通)| |ドック入り|少し服が汚れたわ……|| |ドック入り(重傷)|う……くっ、私がドック入りなんてありえない……屈辱|| |建造時|艦隊に新しいメンバーが加わったようね|| |艦隊帰投時|作戦完了ね。艦隊が帰投したわ。|| |出撃時|いよいよ戦場(いくさば)ね!|| |戦闘開始時|沈みなさい!|| |攻撃時|邪魔よ!|| |夜戦開始時|ここからが私の本番なのよ!|| |夜戦攻撃時|私の前を遮る愚か者め……沈めぇ!|| |MVP時|ま、当然の結果よねぇ……何?不満なの?|| |被弾小破①|うっ|| |被弾小破②|きゃあ!|| |被弾カットイン|や、やだ……ありえない|| |撃沈時(反転)|COLOR(white):許さない……許さないんだからぁ!!|| ---- *同型艦 吹雪型(特I型) [[吹雪]] ― [[白雪]] ― [[初雪]] ― [[深雪]] ― &bold(){叢雲} ― 東雲 ― 薄雲 ― 白雲 ― [[磯波]] ― 浦波 ---- *コメント 最新の30コメントを表示しています。 #comment_num2(num=30,disableurl,log=叢雲/コメント) ---- *タグクラウド #tag_cloud(sort=num) ---- *関連ページ #related(sort=timestamp) ---- ▼wikiレンタル代価広告
#image(No015.jpg) &table_color(table3,#ddd){} |~2015年バレンタイン叢雲| |&image(2015年バレンタイン叢雲.jpg)| #contents() &autolink(id=wikibody) ---- *CV 上坂すみれ ---- *絵師 ---- *史実情報 特型駆逐艦の5番艦「[[叢雲]]」、本艦だけは他の特Ⅰ型駆逐艦の艦娘と何故か服装が異なる。理由は艦名の由来が違うため。 特型駆逐艦の艦名は、1~4番艦は「雪」にちなんだ名前、5~8番艦は「雲」、9~14番艦は「波」にちなんだ名前がついている。 …が、該当する特Ⅰ型5~8番艦では「[[叢雲]]」しか艦これに登場していないために、服装の違いが目立っていると考えられる。 いずれアップデートで新しい特Ⅰ型5~8番艦が登場したら、彼女と同じ服装になると考えて間違いは無いだろう。 #ref(Murakumo.jpg) 藤永田造船所で建造。1928年8月1日「第39号駆逐艦」を「[[叢雲]]」と改名。一等駆逐艦に類別された。 竣工後、第2艦隊第2水雷戦隊第12駆逐隊に編入。 日中戦争に際しては1940年以降、華中での沿岸作戦、北部仏印進駐作戦などに参加。 太平洋戦争では南方侵攻作戦、ミッドウェー海戦、ソロモン諸島の戦いなどに参加した。 1942年10月12日、サボ島沖海戦では先行する水上機母艦の護衛に回っていたが、死地を逃れた輸送船の連絡をきき、大破した「[[青葉]]」と「[[古鷹]]」の救援へ同型艦「白雲」と急行。 しかし「[[叢雲]]」たちが到着した頃には、既に「[[古鷹]]」、「[[吹雪]]」は沈没したあとだった。 それでも漂流する生存者を探そうとギリギリまで粘った結果、夜が明けて発進した米軍機の爆撃を受け大破。航行不能となった「[[叢雲]]」は駆逐艦「夏雲」に救援を要請する。 しかしその「夏雲」も救援に向かう最中に米軍の襲撃を受け沈没、その後「[[叢雲]]」に収容された人員は、サボ島沖海戦を奇跡的に生き延びた「[[初雪]]」に移乗。 最終的に「[[叢雲]]」には東艦長と本多水雷長((戦後、南極観測船「ふじ」の船長を勤めた方))の2人が残っていたが、2人も再び救助にやってきた「[[初雪]]」に座乗していた駆逐隊司令の必死の説得でやっと退艦した。 この頃から艦内でくすぶっていた火災が燃料に引火し、「[[叢雲]]」は炎上。 米軍の目標になる危険を鑑み、無人の「[[叢雲]]」は「[[初雪]]」によって雷撃処分にされ沈没。皮肉にも、自身の同型艦によって海底に身を安置されることになった。 ちなみに、危険を犯してまで生存者の捜索にあたったにも関わらず、暗夜の中では一人も発見することはできなかった。 「[[古鷹]]」、「[[吹雪]]」の生存者の多くは、サボ島沖海戦に参加していた「[[初雪]]」に救助されている。 また一部の漂流者は米軍の潜水艦に救助され、送られたニュージーランドの捕虜収容所で「[[フェザーストン事件>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6]]」に遭遇した(詳細はリンク先)。 1942年11月15日除籍。 なお、「[[叢雲]]」の艦名を持つ艦としては二代目であり、先代は1899年就役の東雲型駆逐艦。 三代目以降はややこしく、1968年に就役した海上自衛隊のDD-118「むらくも」の他、海上保安庁に三隻の同名巡視艇がいたりする。 |>|>|艦歴| |発注|>|大正12年度艦艇補充計画| |起工|1927年4月25日|藤永田造船所にて建造| |進水|1928年9月27日|第三十九号駆逐艦| |命名|1928年8月1日|特型駆逐艦5番艦 吹雪型「叢雲」と命名| |就役| 1929年5月10日|第2艦隊第2水雷戦隊第12駆逐隊に所属| ||1940年|中国方面で沿岸警備に従事| ||1940年9月23日|北部仏印進駐に同行| ||1941年12月8日|マレー作戦に参加| ||1942年6月1日|ミッドウェー沖海戦に参加| ||1942年7月下旬|ソロモン諸島の戦いに参加| |沈没|1942年10月12日|「古鷹」の救助後、帰途に米軍の爆撃を受け大破、「初雪」により雷撃処分| |除籍|1942年11月15日|| ---- *台詞一覧 &table_color(table1,#ddd){} |~状況 |~台詞|~関連する史実や元ネタ、解説など| |自己紹介|あんたが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい|| |秘書クリック会話①|何をしているの?|| |秘書クリック会話②|落ち着きが無いのねぇ、大丈夫?|| |秘書クリック会話③|あんた…酸素魚雷を喰らわせるわよ!|と、言っているのだが、実は吹雪型には酸素魚雷が搭載されていない&br()ゲーム中でも砲に関しては改で長10cmを持ってくるが、魚雷は61cm三連装のみである。| |戦績表示時|高速暗号通信よ。内容を読みなさい。|恐らく帝国海軍の「暗号機B型」、通称「パープル暗号」のこと。開戦前に既にアメリカに解読されていた| |編成選択時|出撃するわ!|| |装備時①|これでもっと戦えるわ……な、何!感謝なんてしていないし!|| |装備時②|悪くないわ……私の魅力が増すのね|| |装備時③|悪くないわ|| |>|>|(マップ選択・資材発見・修復剤使用・装備開発と装備時③は共通)| |ドック入り|少し服が汚れたわ……|| |ドック入り(重傷)|う……くっ、私がドック入りなんてありえない……屈辱|| |建造時|艦隊に新しいメンバーが加わったようね|| |艦隊帰投時|作戦完了ね。艦隊が帰投したわ。|| |出撃時|いよいよ戦場(いくさば)ね!|| |戦闘開始時|沈みなさい!|| |攻撃時|邪魔よ!|| |夜戦開始時|ここからが私の本番なのよ!|| |夜戦攻撃時|私の前を遮る愚か者め……沈めぇ!|| |MVP時|ま、当然の結果よねぇ……何?不満なの?|| |被弾小破①|うっ|| |被弾小破②|きゃあ!|| |被弾カットイン|や、やだ……ありえない|| |撃沈時(反転)|COLOR(white):許さない……許さないんだからぁ!!|| ---- *同型艦 吹雪型(特I型) [[吹雪]] ― [[白雪]] ― [[初雪]] ― [[深雪]] ― &bold(){叢雲} ― 東雲 ― 薄雲 ― 白雲 ― [[磯波]] ― 浦波 ---- *コメント 最新の30コメントを表示しています。 #comment_num2(num=30,disableurl,log=叢雲/コメント) ---- *タグクラウド #tag_cloud(sort=num) ---- *関連ページ #related(sort=timestamp) ---- ▼wikiレンタル代価広告

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