その罪、万死に値する
気がついた時には知らない場所にいて人の首が飛んだ。また世界が暗くなって気がついたら知らないビルの上にいた。「これは……どうしろと」月夜が輝く元ビルの屋上で佐倉杏子は風に当たりながら言葉を漏らす。突然殺し合いをしろ、と言われて理解する間も無く人の首が飛びワープさせられた。死んだ人と面識は無いが人が死ぬのは見て嬉しいものではない。『馬鹿な事言わないでください!人間同士で殺し合いをするなんて愚かしい事だって分からないんですか!!』あの男たしかミストと呼ばれていた男。あの状況であの発言をするからに正義感溢れる好青年だっただろうが死んでしまった。突然過ぎて理解が出来なかったが今になったら信じるほうが馬鹿な状況である。だが主催者やらない夫と名乗る男は本気らしくミストさんの首を軽々しく飛ばしその生命を奪う暴挙に出た。そもそもどうして殺し合いを強要するのか。その答えは考えても辿り着く事はできない。「ま、奇跡も魔法も知ってるし……全部可能性がゼロって事は無いんだけどさ」当事者である杏子は知っている。この世には科学や理屈では説明しきれない現象がたくさんあることを。そしてその可能性も知っている。瀕死の状態から回復できたり他人の体を治したり。それに不可解な現象は人の数以上に存在している。例えば死んだはずの自分が生きているとか――「さやかはどうなったんだ?……ってこんな状況じゃ意味ないか」死んだ自分が生を得ているならさやかも――だが本当に生きているかも定かではないしこれが淡い夢の可能性もある。殺し合いと云えど死人が生を得ているのだから。しかし実際のところさやかが参加している事はわかっていない。あの場にいたたくさんの人間の中に知り合いがいた事も把握しきれていなかった。考えても仕方がない。杏子も頭で考えるよりも行動するタイプの人間なので余計に要領が悪くなる。今は何も考えずに状況が動くのを待とうと思い屋上のフェンスに体を寄せる。「我が名はゼンガー・ゾンボルト!悪を断つ剣なり!!!」■
時を同じくして杏子とは向かい側のビルの屋上には人影があった。その風格は正に武人其の物であり名をゼンガー・ゾンボルト。ダイゼンガーのパイロットであり階級は少佐。生身の戦闘力も一般人を悠々と超す武道の達人でもある。突然殺し合いを強要されるゼンガーであるが、彼は冷静さを失うことはなく夜の街並を静観している。彼とてこれまで数々の修羅場を潜って来ている。DC戦争、ジ・インスペクター、バルトール事件、修羅との決戦、ラ・ギアスを巡る戦い、そして封印戦争。常に死線と隣り合わせで命を張ってきた彼にとってこの状況はある意味驚くことではない。そして数多の平行世界が存在する今、別段ワープ等に今更疑問を抱くことはない。クロスゲート・パラダイム・システムやシャドーミラーとの戦いを通してきた彼ならではの事だ。だがそんなゼンガーもこのような事態に巻き込まれるのは初めての事である。主催であるやらない夫の姿は人間と呼べるか怪しい部分がある。かつて対峙したメリオルエッセに近い。ミストと呼ばれる青年を殺した力の正体を掴めていない。そしてあの時居た人数からすると到底やらない夫一人で手配したとは思えない。ほとんどが初対面と言う発言から知人が巻き込まれている可能性は少ないだろう。会場はバーチャル、つまり電脳空間であり現実とは全てがリンクしているわけではない筈。だがミストさんの姿を見るにいつでも殺せる様に監視されている可能性が高い。無論、敵対する意思を見せた場合も同じく殺されるだろう。「だが、それがどうした」それはゼンガーを止める理由にはならない。かつて幾多の困難があっても彼は自分の信念と、仲間と、友と打ち破ってきた。この状況に置いてもそれは然り。「聞け!やらない夫!!」彼を止める理由にはならないのだ。「我が名はゼンガー・ゾンボルト!悪を断つ剣なり!!!」彼は宣言する。悪を断つ、と。月を背に誓う彼の手に握られているのは一つの日本刀。決してゼンガーが交わることはない一つの世界の内の日本に存在する極道組織の鷲峰組。若頭代行である松崎銀次が使用していた日本刀である。ゼンガーも普段から日本刀を所持しているが彼の目から見ても中々の業物である。「――む、何奴!」ゼンガーは近くに何者かがいる気配を感じる。その気は人間だが人間と呼べない異様な気だった。「これは念動力者……いやメリオルエッセか?」「うわっ、気づかれた……」その正体はまだ年若き少女であった。ゼンガーに気づかれた事から扉に向かい屋上を後にしようとする。彼にとっては正体不明の少女だが自分と同じ参加者だった場合は別だ。もしもやらない夫に勝手に巻き込まれたとしたら。ゼンガーは少女を殺し合いに参加させるほど腐っている人間ではない。守る存在を守れないのは守る側の責任だ。少女がここで命を散らして良い訳がない。だがゼンガーと少女はそれぞれ隣のビルの屋上に居り、今から降りて行ってもすれ違う可能性が生じる。だが「はあああああああああああああああああ!!!!」■杏子はゼンガーの存在に気づきその場を後にしようとする。唯でさえ解からない事ばかりで苛ついているのに突然あんな大きな声を聞くと余計苛立つ。ゼンガーは正直の所悪い所は無いことは杏子も理解している。しかし今ゼンガーと関わると苛立ちを押し付ける形になってしまうがそれは筋違いの話であり良い話ではない。情報が欲しい所であるがまずは冷静を取り戻すため場所を変えようとするが――「はあああああああああああああああああ!!!!」後ろから響く怒号が気になった杏子は後ろに振り向く。そこには月と重なる形でゼンガーが宙を飛んでいた。「俺の名を呼んだかッ!!」ビルとビルの間を駆けゼンガーはフェンスを斬り裂き杏子の近くに着地する。杏子が言える事ではないが人間離れしている。「呼んでない!」ゼンガーの問い掛けに杏子は強く否定する。どちらかと言えばゼンガーがただ叫んだだけである。勝手にこちら側に来て巻き込まれるとはまったくいい迷惑であった。「む、そうか。それはすまない……」「はぁ……杏子。佐倉杏子だよ」「では杏子よ、お前は何者だ」「何言ってんのさ、何者?あたしはあたしだよ。それともやらない夫とか言う奴みたいに見えるかい?」「容姿の事ではない。その力の正体を聞いている」魔法の力を初見で見抜かれたのは初めての体験のため杏子の表情は大きく変わる。何故魔法も使用していない状態でも魔力を感じ取られたのか。本来ならキュゥべぇに問い詰める所だがそこまで頭が回らない。「あんた……そうかい、そうかい。いいよ、お察しの通り魔法少女さ」鹿目まどかのように例え本人達ではなくても事情を知っている人は存在している。目の前に立つゼンガーもきっと他の魔法少女を知っている人間だろう。ならここは誤魔化す必要はない。「魔法少女……ラ・ギアスの人間か?」「ラ・ギアス?そんなのは知らないね。住んでる所まで言う気はないけどあんたと同じ巻き込まれた身さ」もちろんゼンガーは魔法少女の存在など知らない。魔法と言う力は知っているし身内に近い者も存在していたため受け入れれるが。「でさ、ゼンガーだっけ?あたしはやらない夫って奴も知らないし状況も分かってないんだけどあんたは何か知ってるかい?」「いや、俺も同じだろう。すまないが俺もあまり変わらんようだ」結果をまとめると両者共に巻き込まれた身であり主催側に対しても目ぼしい情報はない。杏子からしてみれば勝手にゼンガーに絡まれただけであり早くこの場から立ち去りたかった。ゼンガーはどうやら魔法少女の事を知りそうにない。こちらの勘違いだったようだ。黙って去るのも後味が悪いため何か別れの挨拶の言葉を考え始める杏子。別に殺し合いに乗る気はないが誰かと組む事も考えていない。それに初対面のゼンガーに安心して背中を預けることは出来ない。そんな事を考えると扉の方からたくさんの足音が聞こえてきた。叫んだりフェンスを斬ったりしていたし当然のことだろうが杏子には一切関係ない。徐々に足音は大きさを増していき、どうやら一人ではなく複数のようだ。かなり大きな音で慌ただしく近づいてくるため、二人は扉に集中する。「すまんな。何かあったら俺が引き受けよう」「今更遅いさ。あたしも借りを作る気はないよ」
勢い良く開けられた扉からは盾や拳銃を持って武装した警察が6人出てきた。まさか警察とは予想していないため二人共に呆気にとられる。警察の内の一人が慎重に前へ出て二人に警告し始めた。「お前たちを騒音による公害及び器物破損及び銃刀法違反で逮捕する!」「ちょっとまった!あたしは関係ない!」「そんな事信じられるか!それにこんな時間に少女と大人の男と一緒だと!?どちらにせよ話を聞かせてもらう!」杏子の言い分を聞かず警察はジリジリと距離を詰め捕獲の準備を整える。一方的に巻き込まれた杏子の苛立ちは更に増し我慢が出来なくなり変身する。魔法少女となった杏子は槍を構え警察に対し威嚇、対する警察は後退りするも扉の守りを薄くすることはない。ゼンガーもここで杏子の力がラ・ギアスの魔法とは種類が違うことに気づく。「だから関係ないって言ってるだろ!」「やっぱりお前も銃刀法違反か!もう騙されないぞ!」「あああああああああ!違う!」話しても埒が明かない。そう判断した杏子は無理矢理にでも納得させようと戦闘態勢を取るが警察は一歩も引かなかった。恐怖を抱かれていないと思った杏子の怒りは更に増し槍を握る手に力が入る。隣のゼンガーが手を前に出し道を塞ぐもそもそもゼンガーが悪いため杏子は止まらない。ここで警察が新たに口を開く。「それにフェンスが自販機に落ちてペプシが買えなくなった!そのせいでこの付近の住人の暴動が起きているんだ!!」「すまんが杏子、ペプシとは何だ?」「ただの炭酸飲料だよ……ってペプシで暴動が起きてんのかよ!?」杏子の認識ではペプシとは炭酸飲料の一種でありそれ以上でもそれ以下でもない。味は保証できるが決してそれが暴動が起きる程とは思えないし、まず飲めないだけで暴動が起きるとも到底思えない。だが警察は真顔でそれを告げ依然として杏子達に対して威嚇をしている。「杏子、お前の言う通りペプシが炭酸飲料だとしたら暴動が起きる程の一品なのか?」「いや……自販機で買える時点でアレだよ」「だがここはやらない夫が用意した空間だ。何が起きても驚くことは出来ないぞ」やらない夫が作り上げた空間なら殺し合いを円滑に進めるためにも様々な策を講じてくるだろう。警察の発言からこの空間にも住人が住んでる事は確定済みであり、殺し合いとは無関係な人物も大勢いるはず。主催権限で参加者を指名手配にすることも、罪を被せることも可能であろう。ゼンガーの件に関しては彼に全て原因があるのだが。ただそれを差し引いてもペプシの件に関して杏子は納得がいかないようである。「ペプシが飲めなくて暴動とか嘘過ぎんだよ!」「だがそれが現実だ。大人しく投降しろ!」「理不尽だしあたしは何も関係ねえ!それにペプシがダメならコーラでも何でもあるだろ!?」「ペプシ、それは私達の選択。それを愚弄するのか貴様はッ!」
まだ冷静だった警察官は杏子の一言でその冷静さを失い興奮状態となる。怒りのボルテージが高まりホルダーから拳銃を取り問答無用で杏子に向けて発砲する。突然の出来事に杏子の体は反応できず銃弾に対して処理ができない。警察官も常日頃練習しているのか放たれた銃弾は綺麗に杏子に向かって飛んでいく。無論ゼンガーが銃弾を斬り捨てたため杏子に傷が付くことはない。「少し下がれ杏子、ここは俺に責任がある」「あ、ああ……」ゼンガーの気迫に圧倒され杏子は言われた通りに後ろに下がる。不意を突かれたのは自分だがそれはゼンガーも同じのはずなのに彼は反応した。銃弾を斬り捨てる事から見ての通りの武人でありかなりの実力者だ。「俺達にはやらねばならぬことがある。そこを退いてもらおうか。退かなければ……!」「隊長……あいつ銃弾斬りましたよ!?」「ここは退いて本部に応援を呼べ!住民の制圧の分もだ!それとペプシの補給を急がせろ!」そう叫ぶと警察達は急ぎ足で屋上を後にするが犯人に背を向けて逃亡するのもどうかと思うが仮想空間なら仕方がない。屋上から下の街の景色を覗きこむと人が集まっている姿が目に映る。どうやらペプシが原因で暴動が起きているのは間違いないようであり、この仮想空間ではペプシがとてつもない事になっているらしい。本来知り得る世界ならペプシは、少なくても炭酸飲料水一つで暴動が起きた、と言う話は聞いたことがない。これはやらない夫の趣味なのか?はたまた偶然なのか、それを知る術はない。こうして杏子は殺し合いに巻き込まれた。ついでにゼンガーにも色々と巻き込まれた。杏子の苛立ちは募るばかりだがゼンガーも悪気があってこうなった訳ではないので怒りをぶつけられない。今は自分の感情よりも状況改善に務めるべきであり、ここで止まるわけにはいかない。「……すまん」「あたしも腹をくくるよ。こんなイカれた状況じゃ遅かれ早かれこうなっていただろうし」こうなったら全てを受け入れて現実を見るしか無い。殺し合いも警察に追われることも。情報収集が先だと思っていたがそれよりも先に警察から逃げ切る方法を探さないと大変なことになる。「ゼンガーあたし達はお尋ね者になっちまった、どうする?」「ここがやらない夫が作った空間なら奴の息がかかってるはずだ。まともに話しが通じるとは思えぬ」「じゃあ正面からやるかい?そうだとしてもあたし達は住民からも目を付けられてるからあまり派手に動けないよ」「弁明出来るかどうか試す価値はあるかもしれぬが、大元を正せばよい」「つまり?」「やらない夫をこの手で断ち切ればいいだけのこと」こうして奇妙な縁があってか二人は行動を共にする。二人の前には数多の壁が立ち塞がることになるだろう。果たしてそれは殺し合いに乗った者か、暴動した住民か、警察か、主催側か。今はまだ知るよしもない――
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